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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)12152号 判決

原告

辻本崇好

ほか三名

被告

日産火災海上保険株式会社

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告辻本崇好及び同辻本祐佳に対しそれぞれ金一一六〇万円、同辻本利夫に対し金一三〇万円、同辻本テル子に対し金五〇万円並びにこれらに対する昭和六三年九月二二日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

次のとおりの交通事故(以下、「本件事故」という。)により、訴外辻本正典(以下、「正典」という。)は顎、顔面、頸部挫傷裂傷の傷害を受け、気道閉塞により呼吸停止となり、昭和六三年三月二二日死亡した。

(一) 日時 昭和六三年三月二一日午後一〇時ころ

(二) 場所 和歌山県那賀郡粉河町松井一四六番地先路上。

(三) 事故車 訴外辻本玲(以下、「玲」という。)運転の普通乗用自動車(和歌山五六そ五二一九。以下、「本件事故車」という。)。

(四) 態様 玲が正典を同乗させて走行中、脇見運転により道路左側の電柱に事故車を衝突させた。

2  関係者の身分関係

(一) 正典には、実父母として原告辻本利夫(以下、「利夫」という。)及び同辻本テル子(以下、「テル子」という。)があり、妻として玲、その間に長男の原告辻本崇好(以下、「崇好」という。)、長女の原告辻本祐佳(以下、「祐佳」という。)がある。

(二) 玲は正典の相続財産につき、昭和六三年六月二四日相続放棄をした。正典の相続人は、原告崇好及び同祐佳の二人である。

3  被告の責任

(一) 玲は、本件事故当時、本件事故車の所有者兼運転者であり、自動車損害賠償保障法(以下、「自賠法」という。)三条に基づき、原告らに対して損害賠償責任がある。

(二) 被告は、昭和六二年一〇月三〇日、玲との間で、本件事故車を目的として次のとおりの自動車損害賠償責任保険契約を締結した。

証明書番号 第三一三―七二三七二八号

保険期間 昭和六二年一一月三〇日から昭和六四年一一月三〇日まで

(三) したがつて、原告らは、自賠法一一条及び一六条により、被告に対して、保険金額の限度において、損害賠償額の支払請求債権を有する。

4  損害

(一) 原告崇好及び同祐佳の損害

(1) 逸失利益 六一八二万〇八八〇円

正典は昭和三〇年一〇月一一日生で本件事故当時三二歳であつた。生前、正典は和歌山西警察署に勤務し、昭和六二年度は四四三万四一七九円の収入があつた。三二歳の就労可能年数は三五年(その新ホフマン係数は一九・九一七)であり、また正典は一家の支柱であつたので生活費控除率を三〇パーセントとして、新ホフマン式計算法で、正典の死亡当時の逸失利益の現価を求めると、次式のとおり金六一八二万〇八八〇円となる。

四四三四一七九×一九・九一七×(一-〇・三)=六一八二〇八八〇

(2) 慰藉料 各五〇〇万円

正典は一家の支柱であつたので、慰藉料として金二〇〇〇万円が相当であるが、親族間事故であるので、その半額とし、原告崇好、同祐佳各金五〇〇万円ずつが相当である。

(3) 原告崇好及び同祐佳は、正典の有する前記(1)の損害賠償請求権を各二分の一の割合で相続し、これに右(2)を加えると、各金三五九一万〇四四〇円ずつの請求権を有する。

(二) 原告利夫及び同テル子の損害

(1) 葬儀費 一〇〇万円

原告利夫が支出した。

(2) 慰藉料 各一〇〇万円

正典は、原告利夫及び同テル子の間の一人息子であり、若い盛りで亡くしたことにつき、非常にシヨツクを受けている。

(3) よつて、原告利夫は金二〇〇万円、同テル子は金一〇〇万円の損害賠償請求権を有する。

5  正典の他人性

(一) 原告らが、被告大阪支店に対し、本件事故による自賠責保険の損害賠償額の支払を請求したところ、被告は、昭和六三年九月二二日、正典は自賠法三条の「他人」とはいえないという理由でその支払を拒絶した。

(二) しかしながら、同乗者間における他人性の判断は、そのいずれの運行支配が直接的、顕在的、具体的であるかによつてなされるべきである。本件にあつては、本件事故車は、結婚前に玲が購入し嫁入り道具として持参して所有していたものであり、日常の使用も玲が買物や子供の保育園の送迎などに主として使用し、本件事故時にあつても運転していたのは玲であり正典は単に同乗していたにすぎない。

以上より明らかなように、玲と正典を比べた場合は、玲の運行支配の方が直接的、顕在的、具体的であるのに対し、正典の運行支配は、仮にこれがあるとしても、間接的、潜在的、抽象的であることは明白である。正典は、自賠法三条所定の「他人」であり、被告の前記拒絶は誤りである。

6  よつて、原告らは前記損害のうち、原告崇好及び同祐佳については各金一一六〇万円、原告利夫については金一三〇万円、同テル子については金五〇万円とこれらに対する被告の前記支払拒絶の日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2は認める。但し、玲の相続放棄は、債権債務の混同を避けるための小細工であり、相続放棄制度の法意に反することが明らかであるから、保険者との関係においては混同を認めるべきである。

3  同3(一)のうち、玲が自賠法三条に基づき原告らに対して損害賠償責任があるとする点は争うが、その余は認める。

4  同3(二)の事実は認める。

5  同3(三)は争う。

6  同4は不知。

7  同5(一)の事実は認める。

8  同5(二)は争う。

玲は無職で収入がなく、正典が日常本件事故車のガソリン代、修理費、車庫代、自動車税などの費用を負担していた事実、日常幼稚園への送迎、正典の駅までへの送迎、正典や子らのための買物、正典の実家への帰宅などに本件事故車が使用され、正典が運行による利益を享受していた事実、正典も運転免許証を所持し、出勤に本件事故車を使用していた事実、本件事故も正典の実家の墓参に行つた帰途上の事故である事実、正典は同乗中いつでも妻たる玲に対し運転の交替を命じ、あるいはその運転につき具体的に指示することができる立場にあつた事実に照らし、玲と正典とは運行供用者性に優劣をつけ難い。

従つて、正典の他人性は否定されるべきである。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する。

理由

一  請求原因1(交通事故の発生)、同2(関係者の身分関係)及び同3(一)のうち玲が本件事故当時、本件事故車の所有者兼運転者であつたこと並びに同3(二)(被告が玲との間で本件事故車につき自賠責保険契約を締結していたこと)は、当事者間に争いがない。

二  本件は、玲の自賠法三条に基づく責任を前提に、原告らが被告に対し、同法一六条一項に基づき損害賠償額の支払を求めるものであるところ、被告は、本件事故の被害者たる正典は同法三条所定の「他人」にはあたらないから、玲には正典の相続人等の原告らに対し自賠法三条に基づく責任はなく、従つて被告にも同法一六条一項に基づく支払義務がない旨主張する。

三  そこで、正典の「他人」性について、以下検討する。

1  前記当事者間に争いのない事実に加え、成立に争いのない乙第一号証、証人辻本玲の証言並びに弁論の全趣旨を総合すれば以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  玲は、昭和五六年一二月に正典と結婚し、そのころから和歌山市内(その後昭和五八年三月ころからは和歌山県那賀郡打田町)で同居していたが、右結婚に際して、玲は本件事故車を嫁入り道具として持参した。結婚当時、玲は自動車運転免許を有しておらず、結婚後の昭和五七年一一月に普通免許を取得した。他方、正典は、既に昭和四七年四月一日ころに運転免許を取得していて(結婚当時は大型免許、普通免許、二輪免許を有していた。)、結婚以前もその父親(原告利夫)名義の自動車を運転することが時々あつた。

(二)  右結婚後、本件事故車は、正典の実家である和歌山県橋本市内の原告利夫方に預けられていたが、昭和五九年ころ、正典、玲夫婦がこれを引き取り、玲は昭和六一年ころから長男(原告崇好)の保育園の送迎や日常の買物等の目的で本件事故車を運転しはじめるようになつた。結婚当時から和歌山市内の警察署に勤務していた正典は、主として単車で通勤していたが、年に数回程度は緊急出動時に自ら本件事故車を運転して出勤することがあつたし、また最寄りの駅まで玲が本件事故車を運転して正典を送迎することもあつた。さらに、本件事故車は、正典、玲夫婦らが正典の実家に帰省する際にも利用された(その時には正典が運転することもあつた。)が、玲の個人的なレジヤー等の目的で利用されることはほとんどなかつた。なお、正典、玲一家には、本件事故車以外に乗用車はなかつた。

(三)  玲は、昭和六〇年ころに、それまで勤めていた大阪府堺市内の勤務先を退職して専業主婦となつたが、本件事故車のガソリン代、税金等の経費は、右退職時までは玲と正典の給料から出損し、退職後は正典の給料で家計を立てていたことから、その生活費から出捐していた。また、本件事故車については、本件事故当時、正典名義で任意保険(対人賠償)契約が締結されていた。

(四)  本件事故は、正典、玲、原告崇好及び同祐佳が橋本市内の正典の実家に墓参に行き、その帰途発生したものであるが、正典が実家で飲酒していたことから、玲が本件事故車を運転し、本件事故当時は正典が助手席に、原告崇好及び同祐佳が後部座席に乗車していた。

2  以上の事実に基づいて検討するに、本件事故車は玲所有であり、昭和六一年以降主として玲が運転していたものではあるが、その使用状況は、子供達の保育園への送迎、日常の買物、正典の実家への帰省、正典の出退勤時の駅までの送迎等主として正典、玲一家の家庭の用途に供されていたものであり、玲の個人的な用途に供されることはほとんどなかつたこと、正典は結婚前から運転免許を有しており、緊急出勤時には自ら本件事故車を運転することもあつたこと、本件事故車のガソリン代、税金等の経費は、正典、玲一家の生活費から出捐されていたものであること、本件事故当時、本件事故車につき正典名義で任意保険(対人賠償)契約が締結されていたものであること、本件事故は正典、玲夫婦らが正典の実家に墓参に行き、その帰途発生したものであることを総合すれば、本件事故当時、正典は本件事故車につき運行支配及び運行利益を有していて、単に便乗していたにすぎないものではないというべきであり、正典は、玲とともに本件事故車の共同運行供用者であつたと認めるのが相当である。

3  そして、同乗中の共同運行供用者相互間で、具体的運行に対する支配の程度が同等である場合は、一方の共同運行供用者は他方との関係において、自賠法三条所定の「他人」にあたるということはできないというべきところ、前記三2判示の事実に加え、本件事故当時、正典は本件事故車の助手席に乗車していたこと、正典は昭和四七年四月一日ころ運転免許を取得し、結婚前から自動車運転の経験があつたのに比し、玲は結婚後に運転免許を取得し、本件事故当時の自動車運転歴も約二年程度と短かかつたことからすると、正典は玲に対し、その運転につき具体的に指示することができる立場にあり、またそうすべき立場にもあつたというべきであり、しかも、正典が玲に対して右指示をしたにもかかわらず玲がそれに従わなかつたなど、本件事故当時正典の運行支配が及び得ない状況であつたことを認めるに足りる証拠もないことを総合して考慮すれば、本件事故当時の正典の本件事故車の具体的運行に対する支配の程度は、玲のそれに比し、優るとも劣らないものであつたというべきである。

4  そうだとすると、正典は、玲との関係において、自賠法三条所定の「他人」にはあたらないというほかはない。

三  してみると、玲は正典(及び原告ら)に対し自賠法三条に基づく責任を負わないというべきであるから、右責任の存在を前提とする原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないというべきである。

四  以上のとおりであつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 本多俊雄)

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